横浜地方裁判所 昭和24年(ワ)14号 判決
原告 倉橋義郎
被告 田中重三
一、主 文
被告は原告に対し神奈川縣中郡大磯町大磯五百十六番地所在木造瓦亞鉛交葺平家一棟建坪二十四坪の家屋の明渡をせよ。
被告は原告に対し金二百九十五円八十銭及び昭和二十四年三月二日以降右家屋明渡済迄一箇月金六十二円五十銭の割合による金員を支拂え。
原告その余の請求は之を棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
この判決の中金員支拂の部分は無担保で、家屋明渡の部分は原告に於て金参万円の担保を供するときは仮に之を執行することができる。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し神奈川縣中郡大磯町大磯五百十六番地所在木造瓦亞鉛交葺平家一棟建坪二十四坪の家屋を明渡すべし。被告は原告に対し金六百六十四円五十銭及び昭和二十四年三月二日から右明渡済に至るまで一箇月金六十二円五十銭の割合による金員を支拂うべし。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、原告は請求の趣旨記載の家屋を昭和十年頃から訴外小宮正隆に対し最初は月金三十五円、後に値下して月金二十五円の賃料で賃貸していたが、昭和十七年秋頃からは被告に対し賃料一箇月金二十五円の約で期間を定めず賃貸した。その後昭和二十二年九月地代家賃統制令が改正され、二・五倍までの賃料の値上が許されたので、原告は、被告の承諾を得て同年九月分以降の賃料を一箇月金六十二円五十銭に値上した。仮に被告が右賃料の値上を承諾しなかつたとしても右のような場合には賃貸人は自己の一方の意思表示により値上の効果を発生せしめ得るものであり、原告は同月始頃被告に対し一箇月金六十二円五十銭に値上する旨の意思表示をしたから、矢張り同年九月分以降の賃料は一箇月金六十二円五十銭に値上となつたものである。然るに被告は昭和二十二年七月分からは賃料の支拂をせず、引続き滞納となつていたところ、昭和二十三年六月中旬被告は賃借中の前記家屋を買受たい旨申出て來たので、原告も之に應じ、代金は十五万円、所有権移轉登記と同時にその支拂を受ける約定で被告に之を賣渡し、同月二十五日被告のため所有権移轉の登記手続を爲した。しかるに被告は約定に反し代金の支拂をしないので困却していたところ同年九月九日に至り、同年十一月中には必ず他に移轉し、家屋を明渡すから、右賣買契約は之を解除せられたい旨申出て來たので、原告もやむなく之を承諾し、同日右明渡を條件として賣買契約を合意解除した。すなわち、原被告間の前記賃貸借は、昭和二十三年六月二十五日被告が賣買により家屋の所有権を取得すると同時に混同により消滅したものであるが、右合意解除に際しては、家屋の所有権は原告に復帰するも、被告が從前有した賃借権は之を復活せしめることなく、遅くとも同年十一月中には家屋を明渡す旨約定したものであり原告は右合意解除により賃借権の負担のない家屋の所有権を回復したものである。しかるに被告は約定の期間が経過しても家屋の明渡をしないから、やむなく原告は所有権に基き本件家屋の明渡を求めるものである。仮に然らずして右合意解除により被告の從前有した賃借権が元に復したものとしても、被告は前記のように昭和二十二年七月分以降前記賣買による登記の日である昭和二十三年六月二十五日までの賃料合計金六百六十四円五十銭(昭和二十年七、八の両月分は一箇月金二十五円、昭和二十二年九月分以降は一箇月金六十二円五十銭の各割合による)の支拂を怠つていたから、原告は昭和二十三年十二月二十日書留郵便を以て右延滞賃料を同月三十一日までに支拂うよう被告に催告したが被告はその支拂をしなかつた。よつて原告は昭和二十四年一月十一日到達の書面で被告に対し右賃料の不拂を理由に前記賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。從つて右賃貸借は同日限り解除により消滅したから原告は之を第二次的な理由として被告に対し本件家屋の明渡を求めるものである。なお原告は被告に対し右延滞賃料六百六十四円五十銭の支拂を求めるとともに、被告が本件家屋を不法に占有していることによる損害金として本件訴状送達の翌日である昭和二十四年三月二日以降右家屋明渡済まで賃料と同額の一箇月金六十二円五十銭の割合による金員の支拂を求めるものである、と陳述し、被告の主張に対し、被告が本件家屋の賣買契約に附加されていたと主張する土地三十坪提供の件は賣買契約の内容でないのみならず、該土地は当時被告に引渡したものである。賣買契約の合意解除に際し、被告に対し本件家屋の賣買を委託し該委託契約の條項として賣買による原告の手取金額を十五万円と定め、それ以上に賣れた場合の超過金は全部之を被告に贈與する旨を約した事実はあるが、被告が右の賣却を爲し得る期間は無制限ではなく昭和二十三年九月末日迄と期限が定めてあり、それ迄に賣却出來ないときは原告のため直ちに所有権再移轉の仮登記をする約定であつた。しかるに約定の九月末日迄には本件家屋の賣却が出來なかつたので同年十月被告の委任状により原告のため所有権移轉の仮登記を了したのであり、被告は右委任状を原告に提出するに際し、更に同年十一月中に家屋を明渡することを確約したものである。次に被告から一時一個月金八十八円の割合で賃料を受取つたことはあるが、その期間は昭和二十一年八月から同年十二月迄の五個月間である。そして仮令不当に高く賃料を取つていたとしても被告は之を取戻し、或は相殺する権利を有するものではなく、かかる事実は契約解除の効力には関係のないものである、と述べた。<立証省略>
被告訴訟代理人は「原告の請求は之を棄却する」との判決を求め、答弁として、被告が原告から、原告主張の家屋を賃料一箇月金二十五円の約で、期間を定めず賃借していたこと及び右家屋の前借家人が小宮正隆であり同人は昭和十年頃から賃借していたことは之を認めるが、原告主張のように被告が賃料の値上を承諾したこと及び原告から一箇月金六十二円五十銭に賃料を値上する旨の意思表示のあつたことは之を否認する。昭和二十三年六月中被告が原告から右家屋を代金十五万円で買受ける契約が成立し、原告主張の日に所有権移轉登記が爲されたことは之を認めるが、代金の弁済期は原告主張のように登記と同時ではなく、同年七月末日迄に之を支拂う約定であり、なお右賣買契約には、右家屋の隣地である訴外中村武治が耕作していた原告所有の三十坪の土地を、同年七月末日迄に原告の責任において同人から引渡を受け、之を坪一円の地代で被告の使用に提供すべき旨の條項が附加されていたものである。同年九月九日に右賣買契約が合意解除となつたことは之を認めるが、その際原告主張のように同年十一月中に家屋を明渡すことを約定したとの事実は之を否認する。原告は、被告が本件家屋につき有していた賃借権は被告が該家屋を買受けその所有権を取得すると同時に混同により消滅し、ついで賣買契約の合意解除により賃借権の負担のない家屋の所有権が原告に復帰した旨主張するが、賣買契約を合意解除すれば混同により消滅した賃借権も当然に復活するものであり、仮に当然には復活しないとしても、合意解除の際、原告主張のように家屋明渡の合意が成立したのではなく、却て賃貸借契約も復活し引続き居住し得る旨の合意があつたものである。すなわち原告は、右合意解除に際し、本件家屋を他に賣却することを被告に委託し、賣却の條件としては、原告の手取金額を十五万円とし、それ以外のことは総て被告に一任し、かつ後日他との賣買契約が成立する迄は被告に右家屋を賃貸し之に居住させて置き、その間の家賃は右賣買契約成立の際に之を協定清算することを約したものである。以上の次第で本件の請求原因たる原告の第一次の主張は理由のないものである。次に原告主張のように賃料支拂の催告のあつたこと、賃貸借契約解除の書面が到達したこと、及び昭和二十二年七月分以降昭和二十三年六月二十五日迄の賃料が未拂となつていることは之を認める。しかも右賃料の未拂は原告がその受領を拒絶したためやむなくその儘になつていたのであり、その後前記のように本件家屋の賣却を原告から委託せられた際、右未拂家賃についても他との賣買契約成立の際に之を清算すべく、それ迄は支拂を要しないことに話が決つたのであり、之を無視した原告の催告は効力がなく、從つて契約解除の効果は発生していない。仮に然らずとするも、原告は、昭和二十一年三月一箇月金八十八円に賃料を値上するよう要求したので、被告は之を承諾し、同月分から昭和二十二年六月分迄一箇月金八十八円の割合で賃料を支拂つたものである。しかし右値上は地代家賃統制令に違反し、無効であり値上前の賃料よりも合計金千八円の過拂となつている。(一箇月金六十三円宛の過拂で十六箇月分合計千八円の過拂)そして右過拂は原告の主張する延滞賃料の額を超過しているのであるから、かかる過拂金の存在を考慮せずに爲した原告の催告は信義誠実の原則に反して無効であり、從つて之を前提として爲した契約解除も無効である。以上の次第で本件請求原因たる原告の第二次的主張も亦理由がない、と述べた。<立証省略>
三、理 由
被告が原告から原告主張の家屋を賃料一箇月金二十五円の約で期間を定めず賃借していたこと、昭和二十三年六月中原告が被告に対し右家屋を代金十五万円で賣渡し、同月二十五日賣買による所有権移轉の登記手続をしたこと、同年九月九日原告と被告とは合意の上右賣買契約を解除したことはいずれも当事者間に爭がない。よつて被告の有した右賃借権が右賣買及び賣買契約の合意解除により如何なる影響を受けたかにつき考えるに、被告が原告から賃借中の本件家屋を買受け所有権を取得した以上賃借権は混同の法理により一旦消滅したことは明らかである。然らば一旦消滅した右賃借権は賣買契約の合意解除により復活したのであろうか。かかる場合民法第五百四十五條第一項の解釈上当然賃借権が復活するや否やの法律論はしばらくおき、本件のような合意解除の場合には解除に伴う法律関係をも自由に合意で定め得るものであり、かかる合意があれば勿論それによるべきである。そして証人倉橋義定の証言並びに原告本人訊問の結果を合せ考えると、被告は昭和二十三年九月九日原告に対し、本件家屋を買受けたものの隣人との交際が面白くないから賣買契約は之を解除したく、自分は友人の工場内に家を建てそこへ移轉するからと契約の解除を申入れたので原告も之を承諾し、ここに本件家屋の賣買契約は合意の上解除されたこと、その際原告は本件家屋はいずれ他に賣却する家であるから若し早急に賣れるものなら一時登記をその儘にして置き、被告に之を賣つて貰うのが便宜であり、かつ賣買により多少でも被告が利益を得れば移轉料の代りになるという処から、被告に対し本件家屋の賣買を委託し、委託の條項として(イ)遅くとも昭和二十三年十月中に之を賣却すること(ロ)原告の手取金を十五万円とし、之を超過した賣却代金は全部原告から被告に贈與することを定め、なお十月中に賣却出來ないときは直ちに本件家屋を明渡す旨被告に約定させたこと、その後十月末迄に本件家屋の賣却は出來なかつたが、原告は被告の要望により同年十一月迄明渡を猶予したことを各認めることができる。右認定に反する証人田中蔦技の証言並びに被告本人訊問の結果は措信し難く、その他右認定を左右するに足る証拠はない。果して然らば被告が本件家屋につき有していた賃借権は賣買契約の合意解除により復活せず、被告は單に前記委託契約の存続期間中本件家屋に居住することを許容せられていたに過ぎないものと謂うべく、委託契約の期間が経過し、かつ前記明渡の猶予期間も経過した今日では被告が本件家屋を占有してよい如何なる理由も存在しないことは明かであるから、原告の所有権に基く家屋明渡の請求は理由があり、原告の予備的主張は之を判断するまでもない。よつて次に延滞賃料の請求について考えるに、被告が原告に対し昭和二十二年七月分から昭和二十三年六月二十五日迄の賃料の支拂をまだしていないことは当事者間に爭がない。よつて昭和二十二年九月分以降の賃料が原告主張のように値上されたか否かにつき考えるに、本件家屋の建築時期が昭和十年以前であることは当事者間に爭なく(昭和十年頃小宮正隆が賃借していたことにつき爭がないから)昭和二十二年九月一日物價廰告示第五四二号により、昭和十三年以前に建築の完成した家屋については同日以降二・五倍迄家賃を値上してよいことに定められたから、本件家屋についても被告の承諾さえあれば二・五倍に値上してよいことは勿論であるが、原告主張のように被告が値上を承諾したとの事実を認めるべき証拠はない。原告は仮に被告の承諾がなかつたとしても、原告は昭和二十二年九月始頃被告に対し賃料値上の意思表示をしたから、該意思表示により一方的に値上の効果が発生したと主張する。そして証人鈴木工子、同倉橋義定、同小島富藏の各証言ならびに原告本人訊問の結果を合せ考えると、昭和二十二年六月頃原告の長女鈴木工子が原告を代理して被告に対し一箇月金七十二円五十銭に賃料を値上する旨の意思表示をしたことは之を認め得るが、当時はまだ賃料の値上が法認されていなかつたのであるから(値上の認められたのは九月一日から)右意思表示は地代家賃統制令に違反し無効であり、賃料は右値上要求にもかかわらず依然一箇月金二十五円であつたと謂わねばならない。從つて被告の延滞賃料は右金額で計算した合計金二百九十五円八十銭であり、原告の延滞賃料の請求は右金額の範囲内で正当であり、その余は不当である。よつて最後に原告の損害金請求の当否につき考えるに、昭和二十三年十二月一日以降は被告に於て本件家屋を占有すべき如何なる理由も存在しないことは前認定の通りであるから、同日以降被告が本件家屋を占有していることは原告の所有権の不法な妨害であり、被告は月々原告に損害を與えているものと謂わなければならない。そして本件家屋の家賃の統制額が昭和二十二年九月一日に月金二十五円から月金六十二円五十銭に修正されたことは前記認定の通りであるから、右不法占有による損害金として、昭和二十四年三月二日以降明渡済迄統制額の範囲である一箇月金六十二円五十銭の割合による金員の支拂を求める原告の請求は之を正当として認容しなければならない。よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條、第九十二條但書を仮執行の宣言につき同法第百九十六條を各適用し主文の通り判決する。
(裁判官 秋山悟 室伏壯一郎 宮崎順平)